以下は私に20歳前後の子がいる、または若い頃の自分と話す機会があると仮定して記述する。
先ず、何事も積極的にチャレンジして欲しい。
少しでも興味があり、楽しめそうなことであれば楽しみながらやってみろ。
あまり直感を無視するな。
切符も買わず、置かれた環境に嘆くくらいならどこで降りるかは考えず、先ずは乗車券を買え。
降りる場所は乗車してから考えればいい。
船を出せ。
行き先は船を出してから考えろ。
途中で行き先を変えるのも自由だ。
柔軟に、見える景色を楽しめ。
これは人生の話だ。
いつ終わっても不思議でない世の中だ。
明日も生きているという約束は誰にもない。
「期待」と上手に向き合え
その上で、「期待」と上手に向き合え。
過度な「期待」は禁物だ。
「期待」通りにはいかないのが人生だ。
「期待」をするなとは言わない。
「期待」をするということは、人間である以上仕様のないことだ。
どんな苦行を耐え抜いた歴史的偉人も、どんな聖人君子も、人間である以上、「欲」や「期待」は捨てることができないと証明している。
「期待」をしてしまうことは悪いことではない。

4つの結果が待っていることを知れ
「期待」とは人間らしい感情だ。
生きている以上、ついてまわるだろう。
しかし、物事には4つの結果が待ち受けていることを知っておけ。
- 「期待」通り、または「期待」以上の結果
- 「期待」ほどではないが、そこそこの結果
- 「期待」していたが、変化なしの結果
- 「期待」とは真逆の結果
これら4つのうちどれかの結果が待っている。
誰もが等しくこの結果が与えられる。
抗えない真理のようなものだ。
努力や運で「期待」以上の結果が出ることもあるだろう。
ビジネスで成功することや、宝くじが当たるといったこともそうだ。
一方で、「期待」していたものとは程遠い、真逆の結果が出ることもある。
急遽として愛する存在を失うといったこともそうだ。
健康で長生きしてほしいという「期待」とは真逆の結果だ。
人でなくとも、ペットや、植物でも同じようなことが言える。

4つの結果があることを知れば恐れるに足りない
どんなに努力しても実らない結果が出ることもある。
4つの結果いずれかが待っていると知っていれば、何事も楽しめるはずだ。
失敗に思えるような経験も、実はそうではないことも往々にしてある。
人間万事塞翁が馬だ。
過程を楽しもうではないか。
「期待」をしてしまうことは悪いことではない。
4つの結果が待っていることを知っていれば、バランスの良いポジティブな感情が保てるはずだ。
森羅万象に感謝し、瞬間、瞬間を楽しめ。
