ルトガー・ブレグマンの経歴とTED日本語訳|ベーシック・インカム
プレゼンターは、オランダの歴史家、ルトガー・ブレグマン(Rutger Bregman)さん。
邦題は、 貧困は「人格の欠如」ではなく「金銭の欠乏」
貧しい人は、「足りないマインド(scarcity mindset スケアシティ・マインセット)」になっているので、次々と愚かな決断をしてしまう。
そして、ますます貧しくなると主張されています。
ルトガー・ブレグマンとは

ルトガー・ブレグマン(Rutger Bregman)
生まれ 1988年
出身地 オランダ
出身校 ユトレヒト大学、カリフォルニア大学ロサンゼルス校
職業 歴史家、ジャーナリスト
経歴
ブレグマンは、主にベーシックインカムや週15時間労働制、国境開放などの社会政策を主張しており「ピケティに次ぐ欧州の知性」とも呼ばれる。
広告を排除した課金制スロージャーナリズムメディアのデ・コレスポンデントには創立メンバーとして携わっている。
2013年には著書“De geschiedenis van de vooruitgang”(進歩の歴史)がベルギーのシンクタンクであるLiberales(英語版)によって「2013年のベストノンフィクション」として表彰されている。
2014年にデ・コレスポンデントより出版した“Gratis geld voor iedereen”(万人のための自由なお金)は、20か国語での翻訳出版が予定されている。
著述活動のほかに、TEDカンファレンスやユネスコの国際コミュニケーション開発計画、慶應ビジネススクールなどでの講演も数多く行っている。Wikipediaより
貧困は人間性の問題ではない:TED説明文
貧乏人が愚かな決断をするのはなぜ?
シンプルな質問から始めましょう。
なぜ貧しい人は、愚かな決断ばかりしてしまうのでしょうか?
貧しい人は、そうでない人に比べ、借金が多く、貯金が少なく、喫煙率が高く、あまり運動しないし、お酒をよく飲むし、不健康な食事をする、というデータがあります。
なぜでしょう?
よくある回答は、英国の首相だったサッチャーの言葉に代表されます。サッチャーは、貧しさは、「人格の欠陥だ(a personality defect)」と言いました。
人間性に問題がある、ということです。
ここまではっきり言う人は少ないでしょう。けれども、貧しいのは貧しい人自身に問題があるから、と考えるのは、サッチャーだけではありません。
本人のあやまちの結果、貧乏なんだ、自己責任だ、という人もいるし、貧乏人が、よりよい決断をできるように助けてあげるべきだ、という人もいます。
こうした意見の根底にある考えは、貧乏な人には何か問題がある、というものです。
間違いを指摘すれば、生き方を教えてあげれば、現状が少し良くなる。彼らが、私たちの言うことを聞きさえすればいいのだ、という考えです。
実は、私も長いことそう考えていました。しかし、数年前、貧困に関する自分の考えは、まったく間違っていたことに気づきました。
たまたま、アメリカの心理学者の論文を読んだのがきっかけです。
インドのさとうきび農家での実験
彼らは、インドのさとうきび農家で、驚くべき実験をしました。
さとうきびを作っている人たちは、収穫の直後に、いちどきに、年収の6割を手にします。
1年のうちある時期は貧乏で、べつの時期は金持ちなのです。研究者たちは、収穫前と収穫後に、農家の人の知能テストを、行いました。
その結果に私は驚いたのです。
収穫前のテストのスコアは、収穫後の結果に比べてずいぶん悪かったのです。貧しさの中にいると、知能テストで14ポイントも下がります。
貧しさは、一晩寝ない状態や、アルコールの影響のある状態と同じといえるわけです。
これを知ってしばらくしてから、プリンストン大学のエルダー・シャフィール教授の研究を知りました。
研究者の一人が、私の住むオランダにやってきたので、貧困に関する理論について話を聞きました。
その内容を一言でいうと、欠乏の心理(scarcity mentality スケアシティ・メンタリティ)となります。
欠乏の心理とは?
何かが足りないと感じていると、人々の行動が変わります。
それが何かは、問題ではありません。時間、お金、食べ物、なんにでもあてはまります。
みなさんも体験したことがあるでしょう。やることがたくさんありすぎるときや、昼食を抜いて、血糖値がさがったときなど。
そんなとき、足りないものにばかりに意識が向きます。いますぐ食べなきゃならないサンドイッチ、5分後に始まるミーティング、明日払わなければならないお金に。
ものごとを長期的に見られなくなるのです。
これは、重たい作業を同時に10個一度に稼働させているコンピューターと同じです。
動きがどんどん遅くなり、エラーを起こし、あげくにフリーズします。この場合、パソコンの性能が悪いわけじゃありません。一度にやることがありすぎるのです。
貧しい人も同じ問題を抱えています。愚かだから、愚かな決断をするのではなく、どんな人でも愚かな決断をしてしまう環境で暮らしているのです。
貧困対策プログラムはうまくいかない
これを知って、なぜ貧困対策の多くがうまくいかないのかがわかりました。
たとえば、投資や教育は、ことごとく効果がありません。貧困は知識の欠乏ではないのです。
お金の管理に関するトレーニングを扱った201の研究を分析したところ、そんなことをしても、何も変わらないと出ました。
貧しい人は何も学ばないということではありません。トレーニングを受けた人の知識は確かに増えました。
しかし、これでは不十分です。シャフィール教授は、「誰かに泳ぎを教えて、いきなり嵐の海に放り込むようなもの」と言っています。
これを聞いて困惑したことを覚えています。こんなことは、もう何年も前にわかるべきだったのです。
インドでリサーチした心理学者は、べつに脳をスキャンする必要はありませんでした。農家の人のIQを調べただけです。IQテストは、100年以上前にできています。
ジョージ・オーウェルの語った貧困
貧しさの心理については、すでにジョージ・オーウェルの著作を読んで知っていました。
彼は1920年代に貧困を体験しています。「貧困の本質が未来を殺す(The essence of poverty annihilates the future.)」とオーウェルは書いています。
「人の収入が、ある一定のレベルより下がると、人々は、当然のようにその人に説教したり、その人のために祈ろうとするのだ」とも。
現代の状況も全く同じです。
貧困をなくす方法
ではどうしたらいいのでしょうか? 近代経済学者は、いくつか解決策を考えました。
貧しい人の事務処理を手伝ったり、請求書の支払いを忘れないように、テキストメッセージを送ったり。
現代の政治家の好みそうなやり方です。ほとんどコストがかかりませんから。
対症療法に徹して、本質的な原因は無視するこうしたやり方は、いかにも現代を象徴していますね。
そんなことより、貧乏な人の環境を変えてしまえばいいのではないでしょうか?
コンピュータのたとえで言えば、単にメモリを増設すれば問題は解決します。
この話をしたら、サフィール教授は驚いた顔をしました。
「ああ、なるほど。貧困をなくすために、貧しい人にお金を渡せばいいと言っているのですね。いい考えです。でも、アムステルダムにある左翼的な政治は、アメリカにはありません。」
ですが、これは本当に、古臭い社会主義の考えなのでしょうか?
昔からあるベーシックインカムというアイデア
歴史を通じて、さまざまな思想家が考えたアイデアを思い出しました。
500年以上まえ、哲学者のトマス・モアが、『ユートピア』という本に書いたことです。
左翼、右翼かかわらず、市民権運動をしたマーティン・ルーサー・キングや、経済学者のミルトン・フリードマンも言っていることです。

それは、とても単純な方法です。
つまり、基礎所得の保障(basic income guarantee ベーシックインカムギャランティー)です。
最低限必要な食べ物、住居、教育に払うお金を毎月、人々に給付します。
もらうのになんの条件もありません。もらうために何かをする必要はなく、もらったあとそのお金をどう使おうと自由です。
基礎所得は、善意でもらうものではなく、もらう権利のあるものです。もらったからといって恥ずかしいことはいっさいありません。
貧困の本質について知るにつれ、これこそが、解決法だと考えるようになりました。
ドーフィンでの実験
その後、3年間、基礎所得についてあらゆる本を読み、世界中の実験について調べました。そして、かつてこの方法で貧困をなくした街があることを知りました。
しかし、この実験のことはすっかり忘れ去られていたのです。
1974年、カナダのドーフィンという小さな街では、誰もが、基礎所得を保障されていました。
最初の4年間はうまくいっていました。ところが、カナダで新政府が誕生すると、内閣は、こんなお金のかかる実験をしても何の意味もないと考え、結果を分析する予算を出さなかったのです。
研究者たちは、データを2000の箱に入れてしまいこみました。
25年経って、カナダのイヴリン・フォルジェ(Evelyn Forget)教授がデータを発見しました。
フォルジェは3年かけてデータを分析、検証し、どんな方法で分析しても、ベーシックインカムの実験は成功しているという結論に至りました。
ドーフィンの人々は、経済的に豊かになっただけでなく、より賢く、健康になったのです。
子どもたちの学校の成績は大きく向上し、人々が病院に入院する率は85%もさがり、家庭内暴力が減り、こころの病に関する不満も減少していました。
人々は仕事をやめることもありませんでした。仕事をする時間が減ったのは、子どもを生んだばかりの女性と学生です。学生は学業に専念する時間が伸びました。
ほかのさまざまな国の実験でも同様の結果がでています。
貧困は人の可能性の無駄遣い
貧困に関して、お金を持っている人たちが、知ったかぶりをするのはやめるべきです。
会ったこともない貧しい人に、靴やぬいぐるみを送るのをやめるべきです。父親みたいな態度の役人がはびこる産業は廃止し、彼らの給料を貧しい人にあげればいいのです。

お金のいいところは、自分の好きなように使えるところです。他人に指図されずに。
いかにたくさんの優秀な科学者、起業家、文筆家が、いま、お金が足りなくて困っているか、想像してください。
貧困がなくなったら、どんなにたくさんのエネルギーや才能を救うことができるか。
基礎所得は、人々にとってヴェンチャーキャピトル(ベンチャー企業に投資する投資家)のような役割を果たします。
ベーシックインカムを導入せずにはいられません。なぜなら、貧困をそのままにしておくと、とてもコストがかかるからです。
たとえば、アメリカの子どもたちの貧困のために、毎年5000億ドルかかっています。貧困のせいで、医療費がかさり、学校をドロップアウトする率があがり、犯罪が増えているからです。
人の可能性の大きな無駄遣いです。
ベーシックインカムに使うお金
では、ベーシックインカムを保障するお金はどうしたらいいのでしょうか?
実は、思いのほか安いのです。
ドーファンで行ったのは、「マイナスの所得税」です。貧困ラインより下回ったら、足りない分のお金をもらうことができました。
この方法をとれば、経済学者の試算によると、1750億ドルあればできます。これは、アメリカ軍の費用の4分の1であり、GDPの1%です。
これだけで、アメリカの貧困層を持ちあげることができるのです。
貧困をなくすことができます。これが私たちのゴールです。
今こそ、ラジカルな新しい発想をするときです。ベーシックインカムを保障するのは、ただの政策ではなく、実際にうまくいく新しい考え方なのです。
ベーシックインカムはどんな人も自由にする
基礎所得の保障は、貧しい人を自由にするだけでなく、ほかの人も自由にします。
いま、何百万という人が自分の仕事にはろくに意味がない、と考えています。
142カ国、23万人の従業員に対しておこなった最近の調査によると、自分の仕事を好きな人は、たった13%にすぎませんでした。
別の調査では、英国の労働者のうち、37%が、自分の仕事は存在する意義がない、と考えています。
まるで、映画『ファイトクラブ』でのブラッド・ピットのセリフです。「必要のないゴミを買うために、きらいな仕事ばかりしているのさ。」
教師やゴミ収集人、ケアワーカーの話をしているわけではありません。このような人たちが働くのをやめたら、みな、困ってしまいます。
私は、給料のいい、すばらしい経歴をもつプロフェッショナルのことを言っています。
戦略的取引をするピア・ツー・ピアミーティング、ネットワーク社会での快適なコークリエーションとか言いながら、付加価値を与えるためのブレインストーミングなんかをしてお金を稼いでいる人たちの話です。
いかに才能が無駄にされているか、考えてください。子どもたちに「生きるために働きなさい」と教えるからなんです。
数年前、フェイスブックで働く数学の天才がこんなふうに嘆いていました。「私たちの世代でもっとも優秀な頭脳の持ち主がいかに人々に広告をクリックさせるかを考えているなんて。」
アイデアで世界は変わる
私は歴史家です。歴史から何かを学べるとしたら、物ごとは変わりうる、ということです。いまの世の中の仕組みや経済で、避けられないことは何もありません。
アイデアは世界を変えることができるし、実際、変えます。特にここ数年、現状維持ではいけないということがはっきりしてきました。
格差の増加や、外国人を嫌うこと、気候の変化に対して、悲観する人も多いでしょう。
ですが、私たちが何に反対しているのか知るだけでは不十分です。賛成しているものも知らなければ。
マーティン・ルーサー・キングは、「私には悪夢がある」とは言いませんでした。彼には夢があったのです。
私の夢はこれです。
人の仕事の価値が、給料で決まるのではなく、その人が周囲に与える幸せや、意義で決まる未来を信じています。
意味のない仕事につくための教育ではなく、より充実した人生を生きるための教育がある未来を信じています。
貧困のないことが、特権ではなく、どんな人にもそうなる権利がある未来を信じています。
さあ、リサーチもすみ、証拠もあり、方法もそろっています。
トマス・モアが、はじめてベーシックインカムについて書いてから500年以上たち、ジョージ・オーウェルが、貧困の本質を書いてから100年以上たち、世界の見方を変えるときがきています。
貧困は人格の問題ではなく、現金がないだけなのですから。
ルトガー・ブレグマンのTEDスピーチ
ルトガー・ブレグマン著書から伝わる苦悩
ベーシックインカムは未来への投資
ブレグマンさんも著書で自ら記しているように、ベーシックインカムはこれまで3年間訴え続けてきてようやく聞く耳を持ってもらえるようにはなってきたものの、実現への道のりは険しい。
しかし、かつての奴隷制度廃止や女性参政権なども当初は誰にも相手をされなかったという例を挙げて、今後も活動を続けていくと締め括っています。
ベーシックインカムとは「すべての人」に与えられるべきです。善意としてではなく、権利として与えられる。これまでの歴史の中で自由権や社会権を獲得してきたように。
月々の手当は生活するには十分で、もらったからと言って何かをする必要はない。
唯一支給される条件は、あなたに「脈がある」つまり、生きているということだけだ。
そのお金を賢く使っているかどうかを見張られているわけではないし、役に立つているかどうかを質問されることもない。
特別給付や補助プログラムもない。あるのはせいぜいシニア、失業者、働けない人々への追加手当でしょう。
資本主義社会の役目は終えた
資本主義は繁栄へ向かうすばらしいエンジンだ。「それはエジプトのピラミッド、ローマの水道橋、ゴシック建築の大聖堂をはるかにしのぐ奇跡だ」と、カール・マルクスとフリードリヒ・エンゲルスがその著書「共産党宣言」で記したとおり。
だが、資本主義を賞賛できるのは、わたしたちが豊かになり、進歩の歴史の次の段階に自力で進むことが可能になったから。
その段階とは、すべての人にべーシックインカムという保障を与えること。
それこそが、資本主義が目指すべきことである。
それを過去の世代の血と汗と涙によって可能になった進歩の配当と考えよう。
結局、わたしたちが享受しているこの繁栄のうち、わたしたち自身の努力によるのは、ごく一部にすぎない。
豊能の地の住人であるわたしたちは、制度と、知識と、先人が蓄積してくれた社会資産のおかげで豊かでいられる。この富は、わたしたち全員に帰するものだ。
そして、べーシックインカムは、わたしたち全員がそれを分かち合うことを可能にする。
豊かさとは?
「欠乏」とは相対的な概念であり「収入が足りないから欠乏を感じるのだろうが、期待しすぎというのも欠乏感の原因になる。」
簡単な話です。もっと多くの金や時間や友人や食べ物を欲しいと思う人は、欠乏を覚える可能性が高い。
そして、何を欲しいと思うかは、たいていの場合、周囲の人が何を持っているかによって決まる。
もし多くの人が最新のスマートフォンを持っていれば、あなたもそれを欲しいと思うでしょう。
ベーシックインカムを実施しないということは社会にとって大きな損失
国家的規模で見れば、お金の効力には限界がある。一人当たりのGDPが年間約5000ドルになるまでは、平均寿命は延びる一方です。
しかし、食卓に十分な食べ物が並び、屋根から雨漏りがしなくなり、清潔な水道水が飲めるようになると、経済成長率は幸福を保証するものではなくなる。
その時点からは、お金より平等が幸福のより正確な予測因子になる。「経済成長は先進諸国の物質的な状況を向上させるために出来る限りのことをしました。しかし、人は何かを手に入れれば入れるほど、幸せでなくなっていくのです。」なぜなら、相対的貧困が存在するからです。
国がどれだけ裕福になろうと、不平等はつきものです。裕福な国での貧困は、どこでもほとんど誰もが貧しかった数世紀前の貧困とは全く異なる。
働くということ
最も高額の給料を得ているのは、富を移転するだけで、有形の価値をほとんど生み出さない職業の人々です。実に不思議で、逆説的な状況です。
社会の繁栄を支えている教師や警察官や看護師が安月給に耐えているのに、社会にとって重要でも必要でもなく、破壊的ですらある富の移転者が富み栄えるというようなことが、なぜ起こり得るのでしょう?
何が真に価値あるものであるかを決めるのは、市場やテクノロジーではなく、社会構造です。
今世紀のうちに全ての人がより豊かになることを望むなら、すべての仕事に意味があるという信条を捨てるべき。
合わせて、給料が高ければその仕事の社会的価値も高いという誤った考えを捨てようではないか。
そうすれば、わたしたちは、価値の創造という意味では、銀行員になることが必ずしも良い選択ではないと悟るでしょう。
AIにより広がる格差社会への警鐘
経済学者が「労働市場の両極化」と呼ぶもの、つまり、「劣悪な仕事」と「素晴らしい仕事」との格差の広がりが顕著です。
高度な技術を要する仕事と、技術を要しない仕事の割合は依然としてかなり安定しているが、その中間の、平均的な技術を要する仕事は減ってきている。
ゆっくりだが確実に、近代デモクラシーの基盤となってきた「中流」が消え去るうとしている。
そして、アメリカがこのプロセスをリードしているとはいえ、他の先進諸国もすぐ後ろに続いている。
現代の豊能の地の住人の中には、健康で、意気盛んで、やる気満々であるにもかかわらず、すっかり脇へ追いやられた人もいる。
アジア人やアフリカ人、あるいはロボット労働者は、いつでも彼らより安く働くだろう。
そして、アジアやアフリカに安く仕事を外注するのは、今のところ効率的だが、それらの国々の時給や技術が高くなると、そこでもロボットが人間に勝つでしょう。
つまるところ、外注は、途中の踏み石にすぎない。最終的には、べトナムやバングラデシュの労働搾取工場さえ、オートメーション化されるのです。
世界規模で「教育」を変革させる必要性
今世紀のどこかの時点で、生きていくには働かなければならないというドグマを捨てること。社会が経済的に豊かになればなるほど、労働市場における富の分配はうまくいかなくなります。
テクノロジーの恩恵を手放したくないのであれば、選択肢はただ一つ、再分配です。
それも、大規模な再分配です。金銭(べーシックインカム)、時間(労働時間の短縮)、課税(労働に対してではなく、資本に対して)を再分配し、もちろん、ロボットも再分配する。
一九世紀まで遡ると、オスカー・ワイルドは、だれもが「全員の所有物」である知能機械の恩恵を受けられる日を待望した。
テクノロジーの進歩は、社会を全体としてはさらに豊かにするかもしれない。
しかし、だれもが利益を得ることを保証する経済法則は存在しないのです。
将来的に「国境」は意味を持たなくなる
国境は世界の歴史の全てに置いて、差別をもたらす唯一最大の原因である。同じ国に暮らす人々の格差は、別々の国に暮らす人々の格差に比べると、無いに等しい。
今日、最も豊かな8%の人が、世界の総所得の半分を得ており、最も豊かな1%の人が、世界の富の半分以上を所有している。
消費に占める割合は、最も貧しい10億の人々はほんの1%、最も豊かな10億人は72%です。
「国境の影響は、かつて測定されたいかなる形の賃金差別(性別、人種、民族による差別)より大きい」と、3人の経済学者が述べました。
これは地球規模のアパルトヘイトです。
21世紀における真のエリートは望ましい家や階級に生まれた人ではなく、望ましい国に生まれた人なのです。
しかし残念ながら、この現代のエリートたちは自分がいかに幸運かということに、ほとんど気づいていない。
そしてベーシックインカムが確信に変わる
この3年間、ユニバーサル・ベーシックインカム、労働時間の短縮、貧困の撲滅について訴えてきたが、幾度となく、非現実的だ、負担が大きすぎると批判され、あるいは露骨に無視されてきました。
少々時間がかかったものの、その「非現実的だ」という批判が、わたしの理論の欠陥とはほぼ無関係であることに気づきました。
「非現実的」というのはつまり、「現状を変えるつもりはない」という気持ちを手短に表現しただけなのです。人を黙らせる最も効果的な方法は、相手に自分は愚かだと思わせること。そうすればほぼ確実にロをつぐむので、検閲より効果があります。
「政治的に不可能」に見えるアイデアも、いつの日か、「政治的必然」となる可能性があります。あとは、決定的な瞬間が来るのを待つだけです。「現実のものであれ、認識上のものであれ、危機のみが真の変化をもたらす」とフリードマンは説きました。
「危機に際してとられる行動は、すでにそこにあるアイデアによって決まる。」
人が語る常識に流されてはいけない。世界を変えたいのであれば、わたしたちは非現実的で、無分別で、とんでもない存在になる必要があります。
思い出そう。かつて、奴隷制度の廃止、女性の選挙権、同性婚の容認を求めた人々が狂人と見なされたことを。だがそれは、彼らが正しかったことを歴史が証明するまでの話でした。
まとめ
ブレグマンさんは過去に来日公演もされています。
欧州の新しい知性、ルトガー・ブレグマン来日講演
またこちらも興味深い対談がされていますので関心のある方はぜひチェックしてみてください。
「“ベーシックインカム”は人を幸せにするか?」ブレグマン×パックン対談
“新世代の論客”と”知性派芸人”が語り合う